世の中にある全てのものは「誰か」に向けて作られている。
自分が、ソレを気に入らなければ「ああ、これは俺がターゲットでは無かったのだ」と思えばいい。既製品の服を買ってきて、俺の体系と合わない。とグダグダ言うならばオーダーメイドすればいい。
ネガティブキャンペーンやってる場合か。遊びもしないゲームを、読みもしない漫画を、興味もない声優を、知りもしない議論を。
上から目線で語って悦に入るのはどうか。既にある物に対してああだこうだ言うことは、とても簡単だ。
自分が作れもしないゲームを、描けもしない漫画を、出来もしない活動を、上から目線でああだこうだ言うのは自尊心を満足させる。その実自分は何者でもない。
安すぎるプライドだ。プライドの使い場所が違う。
甚だしい自我の肥大は見ていて不愉快、というか哀れに感じる。
そんなところで、プライドを満足させていては、帰着するところは何も成せない人間だ。
だから、現実を直視せずに、安いプライドを満足させ続ける。
825 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2010/01/12(火) 18:35:17 ID:HsbxctLF0
日本に革命が必要だと思ってる人は海外にいったことが無い。
だから日本は革命が必要なほどおくれた貧しい国だと勘違いしている。
砂漠の大国はひろびろとしていて乞食でも広ぃ家に住んでいて
庭から石油がじゃんじゃん出てるから金持ちだと思っている。
東南アジアは米が三回取れるから豊かだと思っている。
極寒のアイスランドは福祉が充実して失業率も低いから豊かだと思っている。
スイスは台頭してきた軍国主義国家にくみせず中立を維持してきたから
戦争に巻き込まれず平和で豊かな国になれたと思っている。
広ぃ国は山が無く泉が湧き出ないので日本のように水がただで
飲めないことを知らない、日当たりが強い国はばい菌の繁殖も強いことも知らない。
北国は福祉が発達してないのではなく、無理やりにでも発達させないと
失業したその日に道端で凍って死んでしまうので国が成り立たないことを知らない。
スイスは自然に立国したものではなく、当然スイス民族やスイス語というものもなく
利権が絡んだ胡散臭い人口国家だということを知らない。
誰も見向きもしないスイスのような荒地や山岳地帯は、諸侯どうしが手打ちをおこなう
停戦地帯として好都合に利用されてきた事を知らない。
スイス銀行が、A国の政府関係者の預金を受け、その金をA国の反政府勢力に
武器代金として融資し、わざとクーデターをおこさせ、親類縁者皆殺しにさせ
誰も預金をとりにこなくさせ、資金を永久に閉じ込めようとしていたことも知らない。
彼らがユダヤ人もナチスも公平に預金を受け入れていたのは、正義のためではなく
殺し合いをさせて預金を下ろしにくる奴がだれもいない状態にさせて儲けたい
ためだということを知らない。
永世中立ということがどれだけ薄汚いということかを知らない。
デジタル化されて何が一番変わるかと言えば流通の問題だ。
かつてはペイント作業は絵の具が乾く時間という実時間が取られ、なおかつセル画、絵の具と、作業の為の材料運搬も含めて大量な荷物を運んでいた。
デジタル化は、ことペイントに関してそれらの問題を一気に解決した。動画をデジタルデータにしてしまえば、重い現物を一切動かさずに、データ通信だけで後の作業を進める事が出来る。
海外に動画を送ってペイント作業を行うと、日本に動画が戻ってくるよりも先に、サーバーにできあがりのデータが上がってくる。動画自体は、デジタル化の恩恵は受けず、むしろ影の指定など細かい仕様がペイント作業優先になってむしろ作業が増えたのに、ペイント作業だけは以降の作業効率を著しく上げた。
これがどういう結果をもたらしたかと言うと、短時間に大量のデータ作成を可能にしたわけだ。具体的に言えば、中国に原画を送れば、二日でペイントデータが上がる、と言う具合に。
動画の実時間は変わっていないのだが、結局人員を大量に一カ所で管理できれば、インプットからアウトプットまで、何も考えずに完パケを終える事が出来る。勿論これは何も考えずに中国に出した場合で、ちょっと考えて韓国あたりに出せばもう少し時間はかかる。
まして、動画の出来を途中で確認しながら次の行程に回していけば、もっと時間がかかる。逆に思い入れを考えず、何も途中でチェックせずにインプットアウトプットだけを考えれば、現状のアニメが作られているように、1〜2週間でアニメは出来る。
ちょと信じられない行程だけど。
ただ現在の、アニメ量産体制は、このなにも考えないインプットアウトプットが出来る制作によって成り立っているのも事実。
更に、その流通革命が、作画の現場にどう関わってくるかと言えば、作業の終わりの部分で量産体制は出来ても、急に腕の良い原画マンが増えるわけでは無いので、一人にかかる負担が増える。
例えば、日本の作画スタジオでは動画の仕事が無いのでいきなり動画経験も薄い人材が、第二原画の仕事をする。原画経験も無いアニメーターが原画を担当して作画監督がそれをフォローする。明らかに仕事量はオーバーしているから、たとえ発注が早い仕事があっても、納品の早い方から上げていかないと放送が落ちてしまう。そう言う部分まで含めれば、確かにデジタル化された事によって、最終的に制作や、作画現場レベルまで「作品に対する現場の思い入れが薄く」なったと言えるだろう。
中学生の娘に、「なんで鯨とイルカ食べるの?可哀想じゃん。」と言われた。
旦那は目の前のとんかつを取り上げて「豚、可哀想だね。」と言った。
娘は「豚は食べる為に育ててるでしょ?」と返した。
旦那は
「食べる為に育った動物には感情は無い?そんな筈無いよね?
命を奪って今日も生きている事を忘れると傲慢になるよ。」……慌てて娘と息子は「いただきます」を言った。
こういう教育って難しいね。
育児板拾い読み@2ch - 「いただきます」 (via openarms) (via fukumatsu) (via ichimonji) (via yaruo) (via takojima) (via chlono) (via puruhime) (via c-cha) (via souchou) (via konishiroku) (via ittm) (via makepura)
2010-06-18
(via quote-over100notes-jp) (via mcsgsym) (via shortcutss) (via bo-rude) (via tiga) (via ahhachan)
「実は、お前を食べる為に育ててるんだ」
(via carbondoubt) (via etecoo) (via kiri2) (via nobu666) (via d-saigou) (via precall) (via unirukou) (via hkdmz) (via goldon)SFってどんどん時代性を取っ払っていくと、寓話に近くなっていくんですよね。星新一さんは、たとえば「100万円」といった具体的な表現を使わずに、「大金」などと書いてるんですよね。「電話のダイヤルを回す」と書いたところを、後から「電話をかける」と書き直したりしているわけです。そういうことをしているうちに小説がだんだん普遍的なお伽話のようなものになっていく。
技術の進歩で人は神になれるか
1 名前:以下、はてなにかわりまして元増田がお送りします。 投稿日:2011/01/03 01:49:42
なれねーよハゲ
「神を冒涜している」とかいう言葉聞くよね。
クローン技術とかの話題で。
アホか。傲慢なのはお前だ。
神の名をみだりに語るな。神の御業を人ごときが測るな。
人が何をどこまでやっても神は何も言わねーよ。
「地球を救おう!」なんて言っちゃう奴に似てる。
地球は何も言わねーよ。何か思ってたとしても人にそんなもん分かるかボケ。
救わないといけないのは自分だろ。
回りくどいこと言わずに、自分の為だってはっきり言え。
y_arim: 自他の間に境界線を設けられて、それぞれを個人として尊重できる(他人を操作しない&他人に操作されない)健全な人間関係を築けるひとでないとtwitterは著しい負担になるだろう。
さらに言うと 「外国人だらけ」 という点においても、板橋区は民間レベルの謎のゆるさで見事にグローバル社会を実現してみせている。
例えば板橋区には日本に不慣れな外国人をサポートする団体があるのだが、その団体目当てに引っ越してくる外国人が非常に多い。(しかも貧乏な国から来る人ばかり)
そうした外国人に対して、板橋に長くいる同郷の先輩外国人が、「板橋区で生きて行くには~」 と生活に必要な知識やマナーなどを教えてあげるらしい。
すると外国人であっても短期間で日本での (というか板橋での) 常識が身に付くから、地域から浮いてしまって犯罪に走ったりするケースが極端に少なくなる。
そうなると外国人であっても単に “貧乏仲間が増えただけ” でしかないのだから、周囲の板橋区民は 「貧乏人同士で喧嘩しても意味ねえよ」 と素直に外国人を受け入れてしまう。
またそうした外国人の中には、普通に就職するのではなく、飲食店を経営するケースが目立つ。(バングラ人ならカレー屋みたいな)
しかもそういう人たちは貧乏な母国での感覚を引き摺っているためか、”採算” とか “利幅” といった概念、いわゆる貨幣価値がどこかおかしい。したがって妙に安い価格設定をしてしまい、儲けが少ない分は昼から明け方まで働いてカバーするという力技で生活してのける。
加えて言うならば、元の土地代が安いため、家賃も都心に比べたらベラボーに低く、商品に乗っける金額が低く抑えられるという秘密もある。(=板橋価格の成立)
そして値段が安い飲食店となれば、貧乏なクセに飲み歩きが大好きな板橋区民は放っておかない。我々飲兵衛板橋区民は、差別感情より先に 「おいちいカレーがたべたい」 といった妙に具体的な欲望を優先し、外国人を地域コミュニティーの中に無理矢理引きずり込もうとするのだ。(安く美味い物が食べられる店が減ったら自分が困るから)
板橋区はピンクローターである。(え?|C.I.L(Charismatic Itabashi Lover) (via tsundere) (via ipodstyle, ginzuna)
2010-01-07
(via gkojay) (via wingknights) (via arrjcc)
(via neetria) (via blahxxx3) (via yaruo)「仮想」と聞くと、かなり前のことですが、日本IBMでシステムズエンジニアをしていた方が「virtualを仮想と誤訳した責任は我々にあります」と反省の弁を述べたことを思い出します。米IBMがvirtual memoryを発表した時、日本IBMが仮想記憶と翻訳しました。virtualの意味は「事実上の」「実質的」ですから、virtual memoryとは「本来のメモリーではないが事実上メモリーとして使える技術」を指します。ところが、仮想記憶と訳したため、実体がない想像上のメモリーという印象を与えてしまい、しかもコンピュータの世界でvirtualが出て来ると必ず仮想と訳されるようになりました。同氏は「もっといい訳にしておけば」と悔やむ所以です。とはいえ今考えてみても、しっくり来る言葉はなかなか見つかりません。言葉の難しさを感じます。
「言葉のインフレ」は経済のそれよりはるかに恐ろしい:日経ビジネスオンライン
英辞郎を引いてみたら確かに “実体・事実ではないが「本質」を示すもの” とあるな。してみると「ヴァーチャルな社会」なんて言い方も、英語圏の人と日本人では受ける感覚が全然違うのかもしれん。
(via raurublock) 2010-04-02
(via lemp3)
(via head)
(via daisaru11)自分嫌い期にはセンスを研けばいいし、自分好き期には何か作ればいい
ところが、その後、オタク文化はより巨大になり、より洗練された。そして、オタク文化がより一般的になり、オタクを名乗ることに対する抵抗感が薄れた結果、オタクを名乗りながらも実態としては「みんなと同じ」ではないと気が済まない人間が増えてきたのだろうと推測する。
「みんなと同じ」であることが「勝ち」であり、「だれも見ていないアニメをひとりで見ている」ことが「負け」であると考えるような価値観、それはまさに一昔前の「普通の人」そのものだ。
オタクはいま、「普通の人」に侵食されつつある。しかし、皮肉なことに、より広い視点で見れば、その「普通の人」は過去の概念になりつつある。もはや「みんなが見ているテレビ番組」だの、「みんなが聴いているポップミュージック」だのは存在しない。「普通の人」はもはや必ずしも「普通」ではないのである。
276 名前:名無しさん@6周年[] 投稿日:2006/03/25(土) 17:54:24 ID:qubUjLxT0
コーランの教えによれば、イスラムのために殉教した戦士はみな天国に行って、そこで
「黒い瞳の72人の処女たち」と「交わる」ことになっているという。だから爆弾戦士たちは、
決行の前には必ず下着を替えて、局部を念入りに聖なる白布で保護して、身を清めてから
死地に赴くことが判明している。
ところで、コーランにはときどき意味不明な記述が散見される。たとえばマリアの処女懐妊のくだり
(19章、24節)のくだりでは、生まれたばかりのイエス・キリストはマリアを慰めるが、通常の
コーラン正本では
「悲しむことなかれ。神は汝の足を小川の流れに入れたまう」
と書かれており、何のことだかよく解らない。
そこで「コーランのアラビア語はシリア方言ではないか」と言い始めたのがアラビア語方言学の
権威のクリストフ・ルクセンブルク。前の一節も、シリア方言で解釈すると
「悲しむことなかれ。神は汝の出産を正当なものと認め給う」
となり、意味がよく通る。
では、イスラムの殉教者は「黒い瞳の72人の処女たち」と「交わる」という一節はシリア方言で
解釈するとどうなるのか。なんと、「目が大きい処女達」とは「クリスタルのような白い果物」という
意味になってしまうのだ。
マホメットは「殉教すれば白いブドウがいっぱい食えるぞ!」と言っただけなのに、その教えを勝手に
誤解してエッチな期待を持ち、チンポコを念入りに保護して爆死した阿呆なテロリストたちは全くもって
ご苦労さんとしか言いようがない。しかし、いちばん気の毒なのは、こういう馬鹿げた誤解の巻添えで
命を落とす羽目になった犠牲者たちである。
309 名前:水先案名無い人[sage] 投稿日:2006/03/27(月) 19:52:06 ID:9BSWVaKY0
股間の白布をおっきさせてワクテカしてる殉教者に
「ごくろうさん。はいブドウ」と言い放つ神様を想像して吹いた
310 名前:水先案名無い人[sage] 投稿日:2006/03/27(月) 19:54:51 ID:naj6zVeS0
»309
ヒドスwwwww
「ニートから芥川賞作家へ」という短い文字列に込められた嫉妬と侮蔑と嘲笑と憤慨が凄い。非常に文学的なので、この一文だけで何かしらの賞を貰ってもいい。犬畜賞とかその辺。
クリエイティブな人ほど・・・ ・他人から意見を否定される回数が増える。なぜなら、新しいアイデアを数多く出せることこそ、クリエイティブの証だから。
・他人から意見を否定されることを好む。
なぜなら、自分のアイデアが進化するいいチャンスだから。
・他の人の意見を取り入れることを好む。
なぜなら、評価されるのが自分の意見かどうかが重要なのではなく、世の中にインパクトを与えるアイデアをつくりあげられるかどうかが重要だから。
・アイデアをアイデアのままに終わらせずに、現実化させようとする。
なぜなら、現実化されないアイデアなんて何の役にもたたないことをよく知っているから。現実化する過程こそ価値があることを知っているから。
だから、 何回も何回もダメ出しされる環境に身を置きながら、 他人の考え方をどんどん真似し吸収し、 アイデアをとにかく現実化し続けること。
これが、ルーティーン作業をただこなす人からクリエイティブ作業ができる人への、脱皮の近道で、 君は現在まさにその途上にいる。
「まぁ」を多用する人は「他人は他人、自分は自分」という考えの人。「自分はこうだ」と表明はするものの、誰かが自分と違う意見を持つことにはあまり抵抗が無い。しかし、自分の領域を侵される事にとても敏感で、意見や考えを押し付けられると、途端に戦闘体制に入る。
Twitter / @grinder: “「まぁ」を多用する人は「他人は他人、自分は自分」と …
まぁそうだな
(via raurublock)
うん、まぁ、そうかな。
(via pdl2h)まぁ、ね
(via scsa)